俺は唖然としてそれを眺めていた。
弓塚は目の前に俺がいる事すら忘れ、必死になって消えた・・・右腕を探していた。
だが、もう右腕はこの世の何処にも無い
ソウ・・・オレガマッショウシタノダカラトウゼンダ
「ああああああああああああああ!!!!!!」
弓塚は半狂乱になって自分の着ている制服の右袖部分を左手で強引に引き千切る。
その肩口は肉の部分が丸く盛り上がり、一見するとそこにいままで腕があったとは思えなかった。
不意に俺は『凶断』『凶薙』を鞘に収め懐からナイフを取り出し、弓塚に近付くと今度こそ躊躇い無く、点にナイフを突き立てた。
「あっ・・・」
弓塚はそう小さく呟くと俺の耳元で、
「そっか・・・志貴君は・・・そうだったんだ・・・」
そう言いながら死ぬ寸前この台詞を俺の心に残した。
「・・・・バケモノ・・・・」
その言葉と同時に俺は点を引き抜きそれと同時に弓塚は再び・・・俺の手で・・・俺の腕の中で死んだ・・・
しかし、以前と大きく違うのは・・・あの時は静かに笑いながら死んでいったのに対して・・・今回は恐怖と・・・軽蔑の表情しかなかったと言う事・・・
俺は唇を強く噛むと、そのまま解放されつつある障壁から出ると
「風鐘ぉぉぉぉ!!!!」
怒りと憎しみに任せて像の点を貫き、更にはアルクェイドに行った様に・・・いやそれ以上の速さで像を二十七分割させた。
像は瞬く間に細切れとなり、更にはその細切れも粉々に砕け散った。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
「ふふふ・・・七夜志貴よ・・・感謝します」
「!!!」
そのまましばし荒い息を吐きながら立ち尽くしていたが、後ろから響いた声にはっとして振り返った。
そこには、
「・・・風鐘?」
「ええ、その通りです」
そこに立っていたのは、身体の半分は火傷で焼け爛れ、残り半分は炭と化した、惨たらしい焼死体だった。
「・・・それがあなたの最後なのですか?・・・乱蒼と同じ・・・七夜に抹殺された・・・」
「そうです。私は七夜に生きたまま、焼き殺されました・・・乱蒼の時のように驚かれないのですね」
「ええ、あの時は不意打ちでしたから」
「そうですか・・・」
「一つ聞きたい」
「なんでしょうか?」
そこで鳳明さんが口を挟んだ。
「なぜお前ほどの聡明な『凶夜』が遺産となった?七夜に深い恨みでもあるのか?」
「・・・ふふっ・・・皆持っていますよ」
「皆?」
「ええ、遺産となり果てた者で七夜に恨み、憎しみを持たぬ者など一人とていませんよ・・・そう私もその一人ですが」
「何故?・・・何故そこまで憎むのですか?同じ一族でしょう?」
「同じ?・・・いいえ、違いますね。七夜にとって我々『凶夜』はただ呈の良い道具、そう思われていましたよ」
それはあまりにも深い、自分を生み出した一族への否定の言葉だった。
「風鐘、お前がそこまで七夜に憎しみを持つのは何なんだ?何がお前にそこまでの七夜の憎しみを持たせた?」
そう鳳明さんが尋ねると風鐘は微かに笑いながら
「これですよ。七夜鳳明・・・この子が私に七夜に憎しみを与えてくれるのですよ」
その時初めて気付いた。
風鐘が手に真っ黒な墨を持つ・・・いや、あれは胸に抱いていた。
それはあたかも幼い乳飲み子を胸に抱く様に・・・おそらくはあれは正真正銘の・・・
「その子は?・・・まさかお前の」
「いいえ、この子の両親は私も知りません。おそらく捨て子でしょう。私がこの子を拾った年は酷い飢饉でしてね、養う事も出来ずに捨てたのでしょう」
「・・・」
「この子は殊のほか私に懐いてくれましてね、私もこの子を実の子の様に思えました。しかし、どう足掻こうとも私は『凶夜』、近い将来処断される事は眼に見えています・・・それでも私は七夜がこの子を育ててくれるなら、私は何の憂い無く処断を受け入れようと思いました・・・」
そこには本物の親としての愛情が見えていた。
「ですがね・・・七夜はこの子を・・・何も罪の無いこの赤子を・・・どう扱ったと思いますか?・・・焼き殺したんですよ・・・この子を!!生きたまま焼き殺したんだ七夜は!!!!俺の目の前で!!『凶夜』を知る恐れがあるという理由だけで!!分かる筈無いだろう!!この様な赤子が!!」
「!!!」
「な・・・なんと・・・惨い・・・」
俺も鳳明さんもその告白に絶句した。
そこまでしなくてはならないと言うのだろうか?
「・・・私は絶望しましたよ。この様な狭量な一族の血を持つ自分にすら嫌悪感を抱きましたよ。更に聖堂にはこの子すらも出入りを拒絶され後は消滅を待つだけの存在となりました・・・私はこの子までも魂の輪廻から追放されると思うと泣きそうでした・・・ですが・・・そこに私たちに『神』が救いの手を差し伸べてくれたのですよ」
「!!」
「何!!」
まただ、また『神』だ。
「風鐘、何なのですか?『神』とは?」
「乱蒼も言っていたが、一体『神』とはどういう意味だ?」
しかし、風鐘はその問いには答えず
「・・・神は『お前は我に選ばれた、我の力を受け入れるか否か』と訊ねて来ましたよ」
「!!お前それを・・・」
「ええ受け入れました。当然でしょう。そうすれば私はともかくこの子は消滅する事無く存在できる・・・」
「そうか・・・『凶夜』の強い負の感情を防壁としたのはその神か・・・」
「ご名答です。そして私は『凶夜の遺産』、『時空を歪める像』となりました。ですが後悔はしてませんよ。拒絶すればそれはこの子の消滅をも意味する事でしたから・・・たとえ周りの全てが私の選択を否定しても・・・ふふ・・・どうやら私にも最後の時が来たようですね・・・最後に七夜志貴、君は近き未来自らの力と運命に気付く事になりましょう」
「なに?」
「君は見た筈ですよ。君自身の持つ、何人たりとも近付けぬ至高の領域を」
「!!!お、お前・・・何故・・・」
「ははは・・・これで二つ・・・二つの封は解き放たれました。残るは四つ・・・四つの・・・ほ・・う・・・が・・・」
その言葉と共に七夜風鐘は塵となり消滅していった。
「・・・」
「・・・」
俺と鳳明さんはただ静かにその場に立ち尽くし風鐘の最後の言葉を反芻していた。
そこに
「志貴〜!!」
「ど、どわぁあ!!」
皆の行動を制限していた障壁が風鐘の消滅により消え去った様だ。
真っ先にアルクェイドが俺に飛びついて来た。
最もそれによって俺は3・4メートル吹っ飛ばされたが
「このアーパー吸血鬼!!七夜君に怪我があったらどうするんですか!!」
いや先輩もう擦り傷だらけです。
「兄様、ご無事ですか?」
「ああ、沙貴俺は無事だ。それよりもお前は?軋間に最後一発食らったろ?」
沙貴はその言葉を聞くと表情を曇らせ
「・・・大丈夫です・・・受ける寸前『破壊光』でガードしましたから怪我はありません・・・」
「そうか、良かった」
そう俺が笑いながら言うと、ふいに秋葉が
「良くありません。貴女がぼうっとしているから兄さんが危険な目にあったのですよ」
そう言うと沙貴をきっと睨み付ける。
「そうきつい事言うな秋葉。お前も紅赤朱に堕ちた奴のやばさは知っているだろう。最悪、俺一人で軋間と弓塚の相手をしなきゃならなかったんだからその点じゃあ沙貴は良くやったと言えるだろう」
「ですが、彼女は七夜君を守ると言ったんですからその点を考えると・・・」
「確かにその点は言えるかも知れないわね」
「・・・じゃあ、戦ってみるか?沙貴と」
「えっ?」
「へっ?」
「はい?」
「に、兄様?」
俺の言った思わぬ言葉に四人とも目を点にした。
しかし俺はそれに構わず
「お前たちがそんなに沙貴の実力を信用できないのなら実際にやって見た方が良い。昔から言うだろ?『論より証拠』だって」
「ですが兄さん・・・」
「あれ?妹は自信無いの?」
「!!な、何言っているんですか!!そんな小娘軽くKO出来ます!!」
「じゃあ、秋葉は良しと・・・アルクェイド、先輩は?」
「当然やるわよ」
「私もします。噂の『破光の堕天使』の実力を見る良い機会ですから」
「じゃあ決まったな・・・沙貴」
「はい・・・あ、あの、兄様・・・よろしいのでしょうか?」
「ああ、一回やりあった方が良い。お互い認め合えると思うから」
「判りました・・・では失礼ですが・・・時間も惜しいですので三人とも一斉に来てください。時間も省けます」
その沙貴の台詞に殺気だった。
「へえ・・・随分と生意気な口を叩くんじゃないの」
アルクェイドが目だけ怒らせ、
「では少し痛い目にあって頂きましょうか・・・」
先輩は代行者としての眼に変わり、
「身の程をわきまえないと本当に大怪我する羽目になるわよ・・・」
秋葉は全身をわなわなと震わせて沙貴を睨み付ける。
「後、私は『破壊光』は一切使いませんのでご安心して攻撃してください。兄様、少々荒っぽくなると思いますのでお下がり下さい」
「ああ、判った」
沙貴に言われるまでも無い。
俺は静かに翡翠達の所にまで下がると同時にアルクェイド達は沙貴に対して猛烈な殺気を吹き付ける。
それに対して沙貴は視線だけを冷たく変化させると静かに構えた。
「志貴さん大丈夫なんでしょうか?秋葉様達、かなり本気ですよ」
「大丈夫、一対一ならともかく、一対三なら沙貴にも勝機があるから」
「それよりも志貴様お怪我の方は・・・」
「ああ、大丈夫だよ翡翠・・・それにしても、皆、どうしてここに?いや助かった訳だから文句は無いんだけどよくあの激怒状態の秋葉を説得出来たな?」
「はい〜私や翡翠ちゃんにレンちゃん、皆で秋葉様を説得したんですよ」
「はい・・・」
そう言うと翡翠達はあの後の事を話し始めた。
「・・・秋葉様本当によろしいのでしょうか?」
「何がよ!!翡翠!!!」
「本当に志貴さんを置いて帰られるのですか?」
「だから帰るって言っているでしょう!!!」
空港内で秋葉の怒号だけが響き渡る。
それも無理は無かった、既にチケットの入手も完了し後は飛行機に乗り日本に帰るだけだ。
その時に翡翠・琥珀が秋葉にそう尋ね秋葉の怒りを再燃させたのだ。
「翡翠に琥珀!!使用人の分際で要らぬ事を口走るんじゃあありません!!あんな人せいぜい苦労していれば良いんですっ!!!」
その時だった。
「・・・妹、それでいいの?」
「秋葉さん少し頭を冷やされたらどうですか?」
「なんですって!!」
アルクェイドとシエルが不意に口を開いた。
「妹、それってただ単なる八つ当たりよ」
「なっ!!」
「確かにそうですね。今の秋葉さんは傍目から見ればわがままが通じないから駄々をこねている子供と同ランクですよ」
「・・・ええっ!確かにそうですよ!!でも悔しくは無いんですかっ!!私達より、あんな女の方を兄さんは心配しているんですよ!!」
「うーん、確かに、最初はそれもあったんだけど・・・」
「ええ、沙貴さんの身の上を聞くと怒る気にはなれなくなってしまって・・・」
「はい・・・」
「私も沙貴さんの事が他人には思えなくなってなってしまったものですから」
「・・・あの人もただ志貴さまに会いたがっていただけだから・・・」
「なっ!!!!」
「それに、志貴今回の仕事・・・死ぬ覚悟でやっているわよ」
「はっ?何言っているんですか?兄さんはもうそんじょそこらの死徒になら楽勝で勝てると仰ったのはどこのどなたですか?」
「まだわからないんですか?」
「何がよ!!!」
「確かに今の七夜君はもう死徒二十七祖の中でも上位の祖に匹敵・・・いえ、もしかしたらそれ以上の実力を保有しています」
「ええ、なにしろ志貴はネロ・カオス、ロア、更に一番厄介と言われているワラキアの夜まで葬り去っているのよ。もっとも、ワラキアの夜に関しては私のお陰でもあるけどね・・・その志貴が死をも覚悟しているのよ。今までどんな敵が現れても死の覚悟なんてしなかった志貴が!!!」
「!!!」
そこまで言われて初めて秋葉は気が付いた。
そう、今まで志貴はどんな事が起ころうとも軽々しく死を口にはしなかった。
死の覚悟なんて、それこそただの一度とてしなかった。
どんな時でも必ず何事も無かった様な表情で生きて帰ってきた。
それは望む望まないを別にして、『直死の魔眼』という、全ての死を見る事の出来る眼を保有してしまった七夜志貴と言う男の一種の覚悟だった。
たとえ、どんな困難が待ち構えていようとも、けっして死と言うものを軽々しく口にしてはいけない、死の覚悟なんてしてはいけない。
そんな事は懸命に今を生きようとしている人に対して失礼だから、死にたくないと必死にもがき足掻いている人の存在を否定する事だから・・・
その志貴が死をも覚悟している。それは『凶夜の遺産』がどれだけ危険な存在であるのかを指し示しているかのようだった。
「・・・・」
「・・・秋葉様、志貴さんは決して秋葉様を疎遠にしている訳ではありません。むしろ秋葉様の事が大切だから黙っていらしていたんですよ」
ショックから無言になる秋葉に琥珀がいつもの声でなく静かな優しげな声でそう説得する。
更に翡翠もそれに続いて
「戻りましょう秋葉様、志貴様に何かあったら一生後悔するのは秋葉様です」
「で、でも・・・兄さんにあれだけ悪態をついておいて・・・」
「ふふっ大丈夫ですよ秋葉様。志貴さんがそんな事を気になさると思われているのですか?」
琥珀・翡翠の呼びかけにかなり軟化してきたがそれでも迷いがあった。
その秋葉の迷いを断ち切ったのはアルクェイド・シエルのこの一言だった。
「じゃあ妹は帰っても良いよ」
「ええ、そうしたらライバルが一人消えるだけですから」
「そうね、そして志貴と二人っきりで・・・」
「そうはさせませんよ」
その言葉に全て吹っ切れた。
「琥珀!!」
「はい秋葉様」
「直ぐに兄さんの現在の居場所を洗い出しなさい!!こうなったらさっさとその『凶夜の遺産』を全部私の手で葬り去って誰が一番頼りになるのか、誰が兄さんを一番心配しているのかはっきりさせてやるわ!!!」
秋葉はそう叫ぶとゲートとは逆方向に向かい憤然と歩き始めた。
しかしその表情には怒りよりも、迷いを吹っ切った清々しい笑顔すら見えた。
「アルクェイド様、シエル様ありがとうございました」
そんな秋葉の姿を見ながら琥珀はゆっくり二人に礼をした。
「そんなの別にいいよ。妹がああだと私たちも、からかいがいが無いから」
「はい、これは私達の自分勝手な事で行ったことですから気にしないでください」
そんな礼の言葉に二人ともややそっけなく言っただけだった。
「何しているんですか!!さっさと行きますよ!!」
「もうっ、妹ったらもうこれだから」
「あは〜でも、秋葉様はこれ位がちょうど良いんですよ〜」
「はい・・・」
もういつもの調子に戻った秋葉にアルクェイドがぼやき、琥珀と翡翠が苦笑しながらもそれを弁護する。
こうして一旦は日本に戻りかけた一行は再び志貴の下に向かったのだった。
「・・・そうだったのか・・・」
俺は思わずそう呟いた。
てっきり琥珀さんがいつもの舌先三寸で秋葉を丸め込んだものとばかり思っていたのだが、皆秋葉の事を真剣に考えてくれていたのか・・・
「あはは〜志貴さ〜ん、何かすごく失礼なこと考えませんでした〜?」
「気のせいだよ琥珀さん」
時々この人読唇術のみならず、本当に心も読めるんじゃあないのか?と思えて仕方が無い。
「さてと・・・」
そんな琥珀さんのジド目を受けながら俺は逃げる様に立ち上がると、半ば決着のついたアルクェイド達の間に立つと、
「そこまで」
と、『凶薙』を抜き全員の動きを止めた。
「わかっただろう?アルクェイド・先輩・秋葉。沙貴の実力は決してお前たちより、劣っている事は無いって事」
そう、この勝負の結果は一目瞭然だった。
肩で息をして力なくへたり込んでいるアルクェイド、黒鍵を杖代わりにしてふらふらな状態で立っている先輩、最後のダウンの時に強く打ったのか、腰の辺りをさすって涙目で俺を見ている秋葉。
そして一方の沙貴は軽く息をきらせているが、自分の服の埃を払う余力を見せていた。
「まあ、沙貴だってわかっているよな?決して楽勝じゃあないって事は」
「はい、だからこそ失礼を承知でアルクェイドさん達には三対一を、申し込んだんですから」
「七夜君・・・ど、どう言う事ですか?」
「そうよ、はあ・・・はあ・・・普通だったら・・・」
「痛たた・・・三の方が有利なのでは?」
「それは、完璧な連携が出来る奴だったら、秋葉達の言う通りだが・・・」
「失礼ですが秋葉さん達の攻撃は一見連携しているようで、微妙にずれが生じているんです」
「そして、俺や沙貴にとっては、そのわずかなずれで十分なんだよ」
そう、その瞬間に極めて短い時間差で敵を各個撃破する。
「そういった戦法に俺達七夜は慣れているんだよ。何しろ己を極限まで鍛え上げても結局の所、肉体は脆弱だから。だから、これが一対一だったらお互い無事じゃすまなかった事も間違い無い。何しろ実力は拮抗しているから」
そこまで言うと俺は表情を改めて
「それとアルクェイド、先輩、秋葉・・・」
「なに??」
「どうしたんですか?七夜君」
「兄さん?何をそんな改まって・・・」
「・・・ありがとうな三人とも」
一言そう言うと俺は深く一礼をした。
「な、何言っているのよ志貴」
「そうですよ、七夜君らしくありませんよ」
「そ、そうです・・・兄さんはいつもの様にしていて下さい」
「その代わり志貴さん、もう、私達は来るなと志貴さんが言ってもついて行きますから〜」
「はい、志貴様」
「志貴さまの力になるの」
「私もです兄様」
「・・・皆・・・ありがとう」
しばらくして、アルクェイド達のダメージもだいぶ抜けてきたと見た俺は、そのまま、洞窟を後にすると、皆に今日はここに泊まり、明日日本に一旦帰る事を伝えた。
「あれっ?志貴確か『凶夜の遺産』って・・・」
「あと四つあるんじゃあ、ありませんでしたか?」
俺の言葉にアルクェイドと先輩が首を傾げる。
「明確な場所が判明していたのは『空間を繋げる館』と『時空を捻じ曲げる像』だけなんだ。だから一旦日本で情報の収集を行う」
「ああ、それがいい、無闇に動き回るよりは・・・それに志貴、お前にも休息が必要だ。乱蒼・風鐘との連戦でかなり身体が疲弊している筈だ」
「はい、だから情報収集と休息を兼ねての事です」
「ああ、それでいい・・・じゃあ俺は少し潜る」
そう言い、鳳明さんは俺の体内に入っていく。
「じゃあ皆、明日の朝十時に、空港に・・・」
「あれ?志貴はどこに泊まるの?」
「ああ、俺と沙貴は・・・」
そこまで言った瞬間俺の脳裏にあの光景が浮かび上がった。
「・・・(さーーーっ)」
「・・・(ぽーーーっ)」
俺が一瞬にして血の気が引き、沙貴は瞬く間に頬を紅く染めた時、全員事情を察した様だ。
出来れば・・・察して欲しくなかった・・・
「・・・・どうも七夜君にはきつーーーいお仕置きが必要なみたいですね」
ああ、先輩、そんな大量な黒鍵をどこから?
「兄さん・・・また随分とオモテになられんですねぇ〜」
秋葉・・・髪を真っ赤にして・・・その笑っていない笑みは怖過ぎる・・・
「志貴様・・・酷過ぎます・・・」
「あはは〜志貴さん、本当に外道ですねぇ〜」
翡翠・・・泣きそうな目で尚且つ刃物持ってじーーーっと凝視しないで・・・それに琥珀さんもそんな怖い笑みで尚且つ、さらりと酷い事言わないで下さい・・・
「・・・」
「・・・」
ああ、アルクェイド・・・お前は少し騒いでくれ・・・無言で金色の眼が怖い・・・それにレン・・・君のその眼が一番きつ過ぎます(精神的に)・・・
(鳳明さん・・・助けて・・・)
(・・・俺にもどうしようも出来ん。お前の自業だ。お前が何とかしろ)
最後の頼みの綱もあっさりと消え、俺はこの先の過酷な未来に心から涙した・・・
「ふう・・・こうやって生きているのも奇跡にひとしいな・・・」
俺はそう言いながら俺と沙貴が泊まる予定だったツインのルームで一息ついていた。
あの後俺はどうにか言い逃れようかと思ったのだが、琥珀さんが何処からか取り出したテープレコーダーによってそれも潰えてしまった。
そこには、あの夜の情事が見事に録音されており、俺は更に蒼ざめ、沙貴はこれ以上無いほど体全体を真っ赤し結局は俺は容疑を認めるしかなかった。
結局、全員のきつい視線を受けつつチューリヒに戻り夕食を取ったのだが、お仕置きと称して、他の皆は高級レストランで食事なのに対して俺は外で待たされ、全員の食事が終った後ようやく琥珀さんから、お握りを一つ貰い、更に沙貴を連れてそのまま、俺を残して別のホテルに宿泊となったのに対して俺はそのままこのホテルに泊まる羽目となった。
まあ、寝床については文句は無いが、この食事の量は、正直言ってかなりきつい。
ならば何か買って・・・と言いたい所だが、財布まで翡翠に没収され後はこのまま寝る事しか出来ない。
「寝るしかないな・・・とその前に・・・鳳明さん」
「・・・ん?どうかしたのか?志貴」
「・・・少し聞きたい事があるんですが・・・よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
鳳明さんは一見すると驚いたような口調だったが、聞かれる事が何なのかわかっているのだろう。
静かな表情で俺の台詞を待っている。
「・・・鳳明さん、俺があの時見た光景あれは・・・あれは一体何なのですか?」
あの時何かがはずれ、俺の視界からまず色が・・・次に光が・・・最後には線も点も消え失せ、最後に残ったのは無限に広がる闇と、燻るように存在を示す、奇妙な点だけだった・・・
そしてそれを貫いた瞬間、弓塚の右腕を消した・・・いや、あれは初めから存在しなかった事にした、と言った方が良いのかも知れない。
「・・・あれは・・・間違い無く『極死』だろうな」
『極死』・・・かつて鳳明さんが『死徒血狂いの黒鬼死』と呼ばれていた時、発現した死の極みと言える領域・・・
そして、鳳明さんが自らの命を絶った時に使った力・・・
「一体何なのですか?『極死』と言うのは?」
「俺にもわからん。ただ、わかっているのは・・・あれに貫かれた瞬間、全てこの世から消滅すると言う事。いや、正確に言えば『在るものを無に帰する』と言った方が良いのかも知れない」
「在るを無いに?」
「ああ、死だって、突き詰めていけば在ると言う事だからな」
「じゃあ『極死』は『直死』とは違うもの?」
「『直死』が『死を支配する力』ならば、『極死』は存在の有無を支配する力、厳密に言えば違うものなのかもな・・・しかし、『直死』の能力『死を支配する力』の死を存在に例えればそれほど違うとは言い切れないかも知れん。『極死』が『死』のみならず全ての有無を支配する力に領域を高めたと考えれば・・・」
「・・・鳳明さん、あの力を使ったのは・・・」
「いや、あれで二回目だった」
「二回目?」
「ああ、俺は最初『極死』を使い、自ら『極死』を封印した・・・いや、正確には忘れ去ったと言っても良いのかも知れんな・・・」
「忘れた?」
「ああ、あの光景は幼かった俺には強過ぎた、だから自分を守る為に俺は『極死』を忘れた」
「鳳明さん」
「ん?」
「教えてください。一体最初の『極死』を使用した時何があったのですか?」
しかし鳳明さんはその問いには直ぐに答えなかった。
「・・・」
しばし無言で時が過ぎる。
ようやく鳳明さんが口を開いた。
その表情は自虐に満ちていたが・・・
「そうだな・・・お前には知る権利もあるだろうな・・・わかった話そう。無垢で愚かだった少年の話をな・・・」
あれは・・・そう、俺が七夜の里でまだ精神訓練をしていた頃・・・それも初めの頃の話だ。
俺は必死になってこの呪わしき眼を自在に操ろうと必死になって精神の統一を繰り返した。
その為だろうな・・・俺の周囲には同世代の子供は近寄らなかった。
そんな俺にも一人だけ親友と呼ぶに相応しい奴がいた。
そいつ・・・七夜相空は俺の眼の事など気にした風も無く、俺と毎日遊んでいた。
あれは本当に楽しかった・・・
あの時だけは俺は自分の眼の事も忘れ、ただ七夜鳳明という少年に戻れたからな・・・
しかし・・・それを俺は自分自身の手で壊した。
あの時も俺は一通りの修行を終え相空と遊んでいた。
そんな時だったよ・・・悲劇が起こったのは
「なあ鳳明、父上から聞いたんだけど鳳明の眼は、少し僕達とは変わっているって本当?」
「う、うん・・・本当だよそれ」
「なあ、良ければ・・・見せてくれないかなその眼」
「ええっ!!駄目だよ!!父上からも衝からも『この眼をみだりに人に見せてはならない』って言われているから」
「良いじゃないか、僕も言わないし鳳明も言わなければばれないよ」
「で、でも・・・」
「良いじゃないか!!鳳明、僕達友達だろ?」
「・・・わかったよ・・・そこまで言うんなら見せてあげる。でも・・・この事は絶対誰にも言わないで」
「ああわかっているよ」
結局俺は相空と共に森の奥に入り込み、相空はある大きな岩を指差して
「ほら、鳳明これを粉々にして」
「えっ・・・む、無理だよ、木とかだったら切れるけど、岩を粉々にした事なんか無いし・・・」
「大丈夫だよ。鳳明だったら出来るって」
「ねえ・・・相空、なんでなの?」
「えっ?」
「なんで見たがるの?この力を?今まではこの眼の事を何も言わなかったし、そんな必要も無かったじゃないか!」
「・・・」
「ねえ、なんでなの?相空?教えてよ!僕達友達なんでしょう?」
「・・・実は・・・父上達の話を聞いちゃったんだ・・・」
「話?」
その時点で俺はある程度は察していた。
「鳳明は要らない子だから、さっさと処分したら良いとか・・・僕にも鳳明にこれ以上近付くなって言い出して・・・だから鳳明が要らない子じゃあないって証明したかったから・・・」
「・・・相空」
「ごめん!!鳳明急にこんな事言い出しちゃって・・・でもね・・・」
「わかったよ・・・相空」
「えっ?」
「この岩を砕けばいいんでしょう?」
そう言うと俺は意識して線を見始めた。
死線や死点が浮き上がると本気で吐き気がして来たがそれでも俺は凝視する。
そして、その岩死点の大本を俺はなんの躊躇いなく指で貫くと岩は死線に沿って粉々に砕けた。
「わあ!!すごいや!鳳明!!」
相空がそれを見てはしゃいでいるようだったが俺はそれをまともに聞いていなかった。
あまりに凝視しすぎたのか、力を抜いても一向に死線も死点も消えない。
いやそれどころかぼんやりとしか見えていなかった、線と点が鮮明に見え始め、それに比例する様に世界から色が・・・光が・・・線も・・・点も・・・消え始める・・・
「ねえ、鳳明!鳳明!!どうしちゃったんだよ!!」
「あ、ああああ・・・うわああああああ!!!」
俺は自分の眼が遂に壊れたのかと思わず眼を閉じた。
その瞬間脳裏に大きな門が重々しい音を立てて大きく開かれた光景が見えた。
そして俺の視界に・・・目を閉じているのにも関わらず、奇妙な火の粉のような点が無数現れた。
おれが驚いて目を開けた・・・しかし、視界は闇に閉ざされ、あの火の粉は俺の周囲にいくらでも存在していた。
俺が恐怖に半ば恐慌状態になった時それは起こったよ。
「鳳明!!」
誰かが・・・もちろん相空だがあの時の俺にはまともに思考する事すらも出来なかったよ。
振り返ると人の形をした火の粉がそこにあった。
そして・・・俺は本能の赴くままその中でも一番大きな点を迷う事無く貫いた。
「えっ?」
その声が聞こえた瞬間俺の視界からあの火の粉がまず消え、次に闇が晴れて光と色が・・・そう、現在風に言うのならビデオの逆再生の様に戻っていき、俺の戻った視界には・・・胸の中心を俺の指で貫かれる相空がいた。
「ほ・・・鳳・・・明・・・」
相空の怯えきった声に我に帰った俺は慌てて指を引き抜いた。
しかしそれと同時に、相空はその姿を消していた。
恐怖に満ちた表情と怯えた声しか残さず・・・
「・・・その後の記憶は無い。気が付いた時、俺は小屋で一心不乱に精神修行に打ち込んでいた。その日の終わり俺は相空が行方知れずでまだ帰ってきていないと聞いた」
「・・・・・・」
俺は鳳明さんの話を唖然として聞いていた。
色も・・・光も何もかもが消滅していき・・・闇に満ちた視界・・・そして鳳明さんは火の粉の様だと称したが俺にはあれが鬼火に見えた点・・・何よりも貫かれたものは瞬く間に消失していくと言う事実・・・あまりにも類似点が多過ぎた。
俺はその話をただじっと聞いていた。
「・・・結局あの事を俺は記憶から完全に消去し、里では相空は一人で森に遊びに行き、物の怪に連れ去られたと言う事になった。相空の真相を思い出したのは・・・皮肉だが魂だけとなり、あの悲劇の場所を見た瞬間だった・・・」
「鳳明さん・・・」
「ん?」
「鳳明さんと・・・俺の『極死』の発現の症状・・・あまりにも似ていました・・・俺はあれを・・・忘れ」
「いや!!それだけはするな!!」
鳳明さんは声を荒げて俺の台詞を遮る。
「・・・志貴、気持ちはわかる。あの力をもう二度と見たくないと言う気持ちは、しかし、それだけはするな。それをすればお前も俺の二の舞になる」
「えっ?」
「俺の寿命さ」
「あれは『直死の魔眼』の呪いの為だと・・・」
「無論それもある。しかしな志貴、今にして思えば俺の『直死の魔眼』の制御方は無理があったんだよ」
「えっ?」
「俺はあの出来事からその身を守る為に・・・いや、眼を背ける為に記憶を・・・そして『極死』を封印・・・強引に自分の脳裏に押し込んだ。志貴、お前に質問だが、車の運転で無理を・・・例えば、エンジンの能力を半分の出力だけで百%の出力を出そうとしたり、整備を忘れたりとかしたらその車はどうなると思う?」
「どうなるって・・・アルクェイドの時にも言いましたけどそれこそ・・・・!!!」
「わかった様だな。俺はいわば『直死』と『極死』この二つで初めて百となるものを、俺は『極死』を強引に封印し五十で百を出そうとしたんだ。その結果は・・・身体につけが回り、俺の命を縮めていった。それに『直死』の呪いが拍車を掛けたんだよ」
「・・・」
「志貴、そう言った点で言えばお前は理想的なんだろう」
「えっ?」
「お前の場合、その眼鏡が死線を隠す幕となったおかげで、『直死』と『極死』が自然に尚且つ理想的な状態で伸びていき、今日に至った。俺の様に押し込めて封じるのではなく何時の間にか布で覆い隠す様に制御する術を会得した。だからこそお前はその年でも『直死』の呪いを受けず壮健に生きているのだろうな」
「鳳明さん・・・」
「だから志貴、決して『極死』を忘れようとするな。あの力はむしろ今の時にこそ必要な力だ。それに・・・お前にはもう一つ、お前にはあって俺には無いものがあるだろう?」
「えっ?」
「あの麗しきお嬢さん達だ。あれらならお前が本当に苦しい時助けてくれるだろう?」
「・・・ははっ、そうですね。はいっ!」
「いい返事だ。さて・・・少し疲れたな・・・志貴、悪いがもう俺は寝るぞ、新しい『凶夜の遺産』でわかった事があったら呼んでくれ・・・」
「はい・・・鳳明さん・・・」
「ん?」
「ありがとうございます。俺の・・・二番目の先生」
「ははは・・・そう言われると少し照れるな・・・じゃあ志貴また今度・・・」
「はい・・・」
その台詞と共に鳳明さんはゆっくりと俺の体内に入っていき意識を消していく。
「ふう・・・さて俺も寝よう・・・皆には悪いけど、鳳明さんでないと吐き出せない不安もあるからな・・・」
恐怖感から少しだけ解放された俺はベットに入り込むとゆっくりと意識を眠りに落とし込んだ・・・
場所は変わりほぼ同時刻、秋葉達が泊まったホテルでは沙貴に対しての尋問が全員で行われていた。
「まったく兄さんときたら本当に節操無しね」
「まったくその通りです」
志貴に対して怒りと苛立ちを募らせる秋葉と翡翠。
「あはは〜きっと志貴さんみたいな人を性欲魔人と呼ぶんですよ〜」
「はい・・・・」
内心の怒りを押し殺して機械的な笑みで志貴を評する琥珀とその評価に頷くレン。
「でも、沙貴さん、貴女も『凶夜』である事は間違いないのですか?」
「正直言って志貴の『直死の魔眼』より厄介な能力よ。『破壊光』なんて」
そして、ただ純粋に沙貴の能力に感嘆を禁じえないアルクェイドとシエル。
内心、志貴への怒りを持っているのは無論だが・・・
そして当の沙貴はと言えば
「兄様・・・大丈夫でしょうか?お夕飯にお握り一つだけなんて・・・」
「いいのよ。あの人には、あれでいい薬よ」
自分の心配よりも志貴の心配の方に心を砕いていた。
「それよりも沙貴さん、志貴さんとは何時お会いになったんですか?」
「私は、十五年前一人で泣いていた時に兄様に慰めていただいて・・・それから七夜が遠野によって滅ばされるまで一緒に遊んで頂きました」
「・・・・・・」
琥珀の質問に沙貴は昔を懐かしむ様にそう答える。
「そう言えば・・・皆さんは何時志貴兄様に?」
「志貴様との付き合いが、この中で長いのは、私と姉さん、そして秋葉様の三人です」
「不本意だけど私とシエル、それにレンは短いから」
「ええ、まだ三年くらいです」
「そうなのですか・・・そう言えば兄様は・・・」
と、何時の間にか意気投合した七人は子供時代の志貴の事や遠野の屋敷の頃にあった出来事、そして三年前、志貴の名を死徒や教会に知らしめたあの事件の事を話しながらすっかり意気投合し、時計の針が二つとも頂点に立つまで話し込んでいた。
後書き
『時空の章」やっと終わったぁ〜。
アルクェイド達の戻り早いんじゃないのかと思われる方・・・まったくもってその通りかと思いますが何卒ご容赦を。
その為にああいった回想を用意した訳ですので。
次の章ではバトルはお休みでシリアス強、ほのぼの弱で行こうかと思います。